洗顔料や化粧水、歯磨き粉などの必需品は、まとめて小さなバケツに入れて保管している。
と言うのも、自宅の洗面台やお風呂場にも収納スペースはあるのだが、家族が好きに使っており私の居場所がない。

そこで、100均ショップで購入したパセリ色の小さなバケツに洗面用具をまとめて入れて、
お風呂に行くときに持って行っている。
私の中で「洗面用具はバケツの中」と定着しているため、
旅行のときに間違えてバケツごと持って行ってしまったことがある。

何だかリュックがかさばるなあと思っていたらバケツが入っていたのだ。
普通はそんな阿呆なことがあるはずない。
悔しくてお風呂に行くときにバケツを持って行ったが、友人に「お風呂場に桶はあるよ」と指摘された。
恥ずかしき旅の一コマだ。

高校生の頃、卒業式を間近に控えたある日、
友人と式が終わったらごはんでも食べに行こうと話していた。

友人に意見を求めると、彼女はとても気まずそうに「どうしても一人で行きたいところがあるから」と言って断った。
私は残念に思いながら、別の友達と道頓堀でハンバーグを食べた。
卒業していくらか時が過ぎ、その友人と会うことになった。
「そういえば、一人で行きたかったお店ってどこなの?」と聞いてみた。
友人は少しモジモジしながら、「駅前の屋台のお好み焼き屋さん」と答えた。
我が耳を疑った。
友人が行っている店というのは、高校の近くにある、鉄板焼き屋のチェーン店なのだ。
いつでも立ち寄れる。
卒業式の後に、寒空の中一人でソースギトギトのお好み焼きをつつくなんて、
そんなシュールなことをしていたとは思わなかった。
それなら私もやりたかった。

私は、ほうれん草と卵の組み合わせが好きだ。
この二つの食材があるだけで、簡単おいしいごはんのお供が出来上がる。

例えば、何てことないほうれん草のおひたしを作る。
そこに醤油を少々垂らし、半熟卵を乗せてグチャグチャにかき混ぜる。
それをほかほかごはんの上に乗せて食べる。
プラスお味噌汁とたくあんがあるだけで、ごはんが進む立派な食堂のメニューになるだろう。

ほうれん草でオムレツを作るのも好きだ。
溶き卵の中に茹でたほうれん草とハム、お金に余裕があるときは焼いたベーコンを入れる。
バターを可能な限り贅沢に溶かしたフライパンの上で手早く焼くと、
お肉の香ばしい匂いとほうれん草の爽やかな香りが立ちのぼる。

出来たてオムレツにケチャップをかけるも良し、これだけで洋風ごはんのお供の完成だ。
ほうれん草と卵、これからもお世話になります。

老人ホームなどの集まりに顔を出すと、お菓子をたくさん貰えるのでうれしい。
自分はもう二十代の女だというのに、何と浅ましく餓鬼臭い発言だろうか。
私は時折、ギター片手に老人ホームや市のおじいちゃん達が開催する落語会などに現れ、
ちょっとしたコンサートをすることがある。

基本的にはノーギャラだが、会場に行くとテーブルの上に
ハッピーターンやクッキー、チョコレートなどのお菓子がズラッと並んでいる。
コーヒー、ジュース、お茶、ドリンクも全て飲み放題だ。

私は代表の方にご挨拶を済ませると、自分の出番が来るまで楽屋でひたすらお菓子を食べ続けている。
呼ばれると、上着のポケットの中にお菓子を詰め込んで、何食わぬ顔で登場する。
何だか泥棒のようだが、決して泥棒ではない。

この間、テレビを見ていたらふなっしーがでていました。
今、ふなっしーは子供に大人気ですが、独身女性が結婚したいほど好きということもあるそうです。
私もそんな独身女性のひとりです。

いつも仕事や勉強のストレスに追われているとき、ふなっしーを見ると癒され、また頑張っていこうと思えます。
この間の二度見シアターでは船橋市長に感謝状をもらっているところで
泣いている映像が流れて、私もつい涙ぐみそうになりました。

ふなっしーは可愛いのはもちろん、すごく頑張っている感じが伝わってくるので、自分も頑張らないと、と思えます。
特に何かに挫折した時などにはふなっしーの映像を見て元気をもらっています。

朝出かけるときもふなっしーの歌を聞きながら癒されています!

温かく過ごしやすくなってきたので、
それまで冬眠気味だったんですが、やっと活動できる気候になってきた。

そしたら、急に食欲増加。冬の時期は拒食症かと思うほど、がりがりに痩せてしまった。
ストレスも浴びていたので、冬を越せるか不安だったけど、どうにか越せました。

春は抑えていたつもりはないけど、食欲が増進されて止まらない。
とりあえず消化に悪いものは避けて、野菜中心の生活にしています。

はまっているのは豆乳とキムチでつくるスープ。
鶏ガラスープや野菜をたくさん入れて煮込むだけの、超簡単ヘルシーメニュー。
久しぶりに食べたら、またはまってしまった。こんなにおいしかったっけと思うほど、濃厚なスープができました。

たくさん食べてもヘルシーなので安心。

行きつけの本屋の二階に上がる階段がらせん階段なので、ちょっと怖い。

私は昔かららせん階段が苦手だった。
アートとして見るのが良いのに、なんてことない本屋の階段をらせん状にする意味があるのだろうか。
これは上っている内にみるみる目が回り、次第にどこまで進んだのかわからなくなる。

下りるときなんてもっと怖い。
らせん階段を下っていると、紫色や黄緑色のグルグルとしたらせん模様が頭の中に浮かび上がって、私の視界を遮る。
最終的に頭の中のらせんが玉ねぎになり、まな板の上でスライスされ、サラダになるところまで妄想する。
そこまでいってようやく階段を下りることができるのだから、全く困ったものだ。

らせん階段は恐ろしい。
いつか絶対に目が回って落ちると思う。

どういうわけか、買い物に行ったときにあらかじめ買い物リストを作り、
ネットで目星を付けたものに限って、実際に店に行くと置いていなかったりする。

私は普段ちまちました買い物しかしないので、せいぜい古本屋に欲しい本が置いていないだの、
この前まであった100円ショップの包装紙が売り切れていたりなど、その程度のしょぼい話なのだがどうも悔しい。

ど田舎の大して広くもない店に欲しいもの全て揃っていると期待することがそもそも間違いなのか、
とにかく目測を誤っているようで悲しい気持ちになる。

ガチガチに対策を練ってくる人間ほどラッキーという名のツキが回って来ず、期待が外れたときにもろかったりするのだろうか。
たかが買い物の話から、一体何故こんな話になっているのだろう。

お砂糖ガシガシの固いラスクと牛乳の相性は抜群に良い。
ラスクをガリッと齧った後に牛乳をくいっと飲むと、何だか贅沢におやつを食べているなあという気分に浸れる。

その昔、いつものようにラスクと牛乳でおやつを食べているとき、余計なことを思いついてしまった。
牛乳の中にラスクを浸して食べたらおいしいかもしれない。
やってみたが、実際『つけパン』、『ひたパン』とは訳が違う。

牛乳が染み込んで味がぼんやりとしてしまったじゅわじゅわのラスクを齧るのは、何だか気持ちが悪かった。
その後、私は腹を下して病院へ行った。

お医者さんに「変なものは食べなかったか」と質問され、咄嗟に「牛乳ひたラスク」が頭に浮かんだ。
こんな食べ合わせで腹が壊れるとは思わなかったし、言う勇気もなかったので黙っていた。

私は普段ドラマだけでなくテレビ自体あまり見ません。
見るとしたら朝と夜のニュース番組くらいなのですが、
先日たまたまテレビがついていたので見るとそれは音楽番組でした。

もともと歌うことが好きで、「いい曲だな」と思いながら聴いていたのですが、
少しだけ見るはずだったのにいつの間にか歌手の表現力や歌声に引き込まれ、
気づくと涙を流している自分がいました。

音楽ってすごい力があるのですね。心に響いて来ました。歌が上手い人がうらやましいな。

私も歌いたくなって、久しぶりにカラオケに行こうかと思っています。
最近の新しい曲はほとんど分からないのですが、学生時代によく聴いて歌っていた曲を熱唱して来ようと思います。
聴くのも良いけど、歌うのも気持ちが良いものですね。